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 いくら好みじゃない相手でも7秒間見つめあう事ができれば、性行為が可能だという。どこで聞いたかも覚えてないしソースも知らないけれど、もしそれが本当なら俺と八浪は間違いなくセックスできる。今だって会話をしながら、もう多分14秒以上は目を合わせ続けたままだ。できるどころか2回戦突入しちゃってるよ。
「小峰先輩は、今何年生ですか?」
「3年生。ポケモンと同い年」
「俺も!」
 ほら、おそろいをひとつ見つけただけで、こんなにもはしゃぐから。
「いーよ、タメで。俺センパイコウハイとか、堅苦しいの苦手だし」
「いいの? やった、はじめて大学で友達できた」
「嘘つけ」
「ほんとだよ」
 飲み会が終わってから、俺たちは連れだって夜の街を歩いた。居酒屋から駅を挟んで反対側にあるホテル街は、気配はするのに全然人とすれ違わない。煌々と輝く、ピンクや水色のネオンの明かりに顔を染めた八浪を見上げて、俺は尋ねた。
「なんでずっと、こっち見てたの」
「一目惚れしたから」
「ダウト!」
 八浪は迷いなく細い路地を突き進み、突き当たりにある小さなホテルの目隠しカーテンを潜った。男同士でも入れるホテルを知っている。そのことに、一目惚れは八浪が使い古した口説き文句であることを知る。
 パネルに表示された部屋から適当なものを選んで、窓口で受け取ったルームキーをチャリチャリさせながらぴったり2人分のエレベーターに乗り込む。
 扉が閉まった瞬間、八浪にキスをされた。揮発したアルコールと、メビウスの香りが強く口の中に残る。
「男としたことある?」
「ねーよ」
「俺はね、2回目」
「よろしく、先輩」
 冗談めかしてそう言えば、八浪は目を丸くして、それからくしゃりと笑った。右の、他の歯より少し前にとび出た八重歯が、つやつやと光っていた。
 部屋に入れば、八浪は早速クローゼットを開けて「広ーい!  俺ここに住む!」と叫んだ。
「よし、俺の彼氏力を見せてあげる」
「何それ、」差し出されたハンガーを受け取る。「『ありがとう♡』とか言えばいい?」
「あと『もっとして』と『大好き』も」
「お前の彼氏力が高かったらな」
  八浪はひどく人懐こくて、部屋を改めている時も2人でシャワーを浴びている時もやたらべたべた触れたがった。多分こいつは、俺とは別の理由でセックスが好きなんだろうなと思った。先程急ピッチで構築した八浪データベースから、人間関係に不器用だという情報を得ていたので、余計に。
「小峰先輩は、下の名前なんて言うの?」
 シャワーを終えた後、八浪はタオルで俺の身体を拭いてくれた。布越しにすりすりと甘えてきながら、いくつも質問を投げかけてくる。
「陸海空の陸」
「りく。小さい頃は何が好きだった?」
「ニンテンドー64のポケモンスタジアムと同じクラスの高田くんが自由帳に量産するめっちゃこまけぇ迷路」
「あ、俺高田くんと一緒だ。クラスに一人はいる漫画家タイプ」
「お前が? 似合わねー、なんか意外」
「苦手だったんだ、友達作るの。今も昔も」
 タオルを浴槽へ投げ込んで、八浪は低く呟いた。俺は八浪の言葉に嘘偽りがないことをわかっていた。だって、ついさっきまで俺のことを初めての友達だと嬉しがっていたのに、その嬉しさの手綱を上手く捌けず勢い余って体まで喰らおうとしているから。
「絵上手いやつって、クラスだとヒーローじゃん」
「だからだよ。絵が上手いと、向こうから寄ってきてくれるから。大人になったらそうはいかなくて、かっこよくなるしかなかった」
「努力家じゃん、スゲー」
「そんなこと、はじめて言われた。俺今日陸とセックスできて幸せだな」
 八浪はしみじみと目元を持ち上げる。そのまま両頬を抑えられて、2回目のキスをされた。唇の内側まで舌が侵入してきて、唾液に交じったマウスウォッシュの苦く爽やかな味を攫う。
「ベッド行こう。セックスしよ」
「すげー誘い文句。お前、彼女にもいつもそうやって言ってんの?」
 語尾にかっこ笑いをふんだんに込めて問えば、八浪はあっけらかんと「そっちの方がウケるんだよ」と答えた。
「自分が思ってるけどなかなか口に出せないことを代わりに言ってあげると、人はすごく喜ぶんだ」
「それも『お友達の作りかた』に書いてあった?」
「ばーか」
 あからさまにあざけると、八浪は痺れを切らして俺の腕を強く引っ張った。そのままベッドに押し倒される。覆いかぶさってキスでもされるのだろうと俺は身体の力を抜いたが、八浪は能天気にテレビ台の下にある冷蔵庫を漁り始めた。空気読めねーやつ。
「ねー、ビールある。飲んでいい?」
「好きなもん頼めよ。お前の金だろ、彼氏」
「デートは彼氏が奢るもんだよなー、そうだよなー」
 八浪が、ウェルカムドリンクのウォーターとビールを持って戻ってくる。
「ドリンクバーあるホテルでお代わりしたことないんだけど、あれ意味ねーよな」
「うっそ、俺めっちゃ飲むよ。まずホテル入ってすぐに一杯目、相手がお風呂入ってる時に二杯目、一回戦終わった後、一回戦と二回戦の間……」
「そんなしょっちゅう部屋出たり入ったりすんのかよ、忙しないなー」
「元を取ろうなんて気はさらさらないんだけどさ、ドリンクバーもビュッフェも『好きなだけどうぞ!』って言われると、時間内にありったけ詰め込まなきゃ!って思っちゃう」
 じゃあ八浪からしてみたら今の状況も食べ放題の内に入るのだろうか。種類はひとつしかないけど、21歳非童貞処女。割と悪くなくなくなくないない?
「モラトリアムのビュッフェ」
「あ、いいね。なんか深い」
 八浪がアサヒをひとくち煽って、飲み下さずに俺に口付けてきた。八浪の唾液と混ざったぬるいビールが、喉元を滑り落ちていく。
「ん……、ふ、」
「陸、キス好き?」
「口の周りが汚れるからあんまり好きじゃない」
 そう答えたら、じゃあキスの代わりにと頬を撫でられた。風呂上がりで湿った人さし指の背が、産毛をさりさりと撫でる感触が優しい。空気は読めないけど、きっとこういう所がモテるんだろうな。
  風呂上がりにパンツ1枚を履いただけの、無防備な下肢にふれられる。まだやわらかさを残したそこをもみくちゃにされながら、乳首をかじられた。首筋や脇も犬のように舐められるがままに身を任せた。
「八浪は、ホモなの?バイ?」
「どっちでもいいーーって、今は良くない答えだよね。陸がいい。陸としたい」
 俺がした問いかけを、八浪は何回人からされたんだろう。それに、今と全く同じ答えを、何度返したのだろう。
 自身の焦りを伝えるように忙しなく俺に触れていた指先は、やにわに離れてサイドボードを漁る。エアコンを効かせすぎた部屋は人の体温がなくなると途端に寒く感じられた。
 なんか、変な感じだった。いつもはあっちペロペロ、こっちさすさすと忙しいけれど、今日は全く何もしていない。されるがままなのは楽だけれど、あまりにもすることがないのは手持無沙汰で落ち着かなかった。
「りく、」そっと瞼に唇が押し付けられる。
「目、閉じてて」
「ん……」
 八浪の指示通り、目を閉じる。待っている間にやにやした。だって俺は、八浪とやれるであろう確信を得ているし事実そういうことをしにここまで来たけれど、一方で肉体的には全く興奮していなかったからだ。ただあるのは、自分の勘が当たったというギャンブラーめいた喜びと、この能力は次の飲み会でも使えるな、という打算。
 カチ、と何かのスイッチを押す音がすぐ傍で聴こえた――と思えば、下肢に硬質な何かが押し当てられた。
「あっ、!?」
 機械的な振動に、びくんと腰が跳ねた。咄嗟に目を開けて下を見れば、まだやわらかさを残すそこをローターの微細な揺れがくるんでいて、衝撃の後に遅れて急速な性感が駆け上がってくる。
「なに、え、なにやってんの!?」
「おもちゃであそんでる」
「片せ!今すぐ!お片付けしーまーしょ!」
「やなこった」
「や、うぁ……ッ」
 硬質の、潤みもしないし暖かくもならないモーターの駆動に翻弄される。ぱちんと頬を打たれたかのようだった。セックスって徐々にはじまるものだと思っていたけれど、違う。少なくとも八浪のやり方は、回りくどくお互いの同意を確認するようなプロセスを経ない。身体の奥深く、眠る性欲を機械でいきなり目覚めさせて、快楽の心構えができていない俺の無防備な身体を組み伏せてくる。
「うあ、あ! ……っ、どこで、そんな」
 ぐり、と布越しに強く押し当てられて、疑問は悲鳴交じりになった。圧迫と摩擦をひとまとめにされたような快感に、内股や腹の筋肉がびくびくと痙攣する。
「コンビニボックスの中にあったから買った。ビールと一緒に」
 ふくらみの全体に滑らせるようにしてローターを動かしながら、八浪はビールを煽る。
「やだ、汚れる、やめろ」
「ノーパンで帰ろ?」
「ぜってぇにやだ! ……あ、」
 レベルが一段階引き上げられて、振動が強くなる。布越しに感じる快楽に、抗議もままならない。滑らかなプラスチックの動きで、そこがもう腺液でぐちゃぐちゃになっていることを思い知らされる。
「あ、っうあ、」
「陸、さっきローソンでパンツ売ってたよ」
「そういう、問題じゃ……っん、う!」
「先っぽ。……気持ちいい?」
 掠れた、甘い声がすぐ傍で聞こえた。間近の瞳は潤んでいる。虹彩が、綺麗だと思った。前髪上げてればいいのに、勿体ない――と、額に伸ばした俺の手を、八浪が不思議そうに掴む。
「ッ、お、前……っなんで、」
「なに?」
「なんで、俺、何もしてないのに、そんな……、」
 空いているほうの手で、八浪の腹に手を添えた。機械で勝手に昂らせられた俺のと同じくらい、そこは窮屈そうにしている。
「陸が気持ちよさそうだから、」耳元で囁かれると、ローターとは別軸の興奮でぞくぞくした。
「嬉しくて、俺も勃っちゃった♡」
「『勃っちゃった♡』じゃねーよ!」
「女の子には好評だよ。こっちが何かしてやる手間がないからって――ああ、」
 そっか、と気のないような返事をして、八浪がローターの電源を切る。暴力的な快楽から開放され深く息をついていると、腕を引かれた。膝立ちの体勢になり、真正面に八浪が立つ。
「陸、俺のちんちん食べたかった? ごめんね、いいよ」
 頬にふくらみを押し当てられる。右に曲がっているそれを、一気に左にひねって折ってやりたかった。八浪の奔放な態度に、いい加減俺はむかついてきていたからだ。
「遠慮しないでいいって。かじってもいいよ」
「……おまえ、本当にかじるぞ」
「だからいいって言ってんじゃん」
 目の前の下着をずり降ろして、腹筋にくっつきそうな程勃ちあがった八浪のちんこを一思いに咥える。八浪の嬉しそうに震えた吐息が、前髪を揺らした。
「感想は?」
「でかい、にがい、喉の奥でオエッてなる……。バカ安いホテルの、備え付けの歯磨き粉付きの歯ブラシみたい」
「生まれて初めてそんな喩えされた」げらげらと、おおよそセックスのときに似つかわしくない大きな声で八浪は笑う。
 喉奥まで押し込んで、脅しの意味を込めて少しだけ歯を立てたら、八浪はおびえつつも口元を引き上げた。まるでお化け屋敷と同じ、怖さやスリルを興奮として楽しんでいるかのようだった。
「ん、ぐ……っ」
「……陸、へたくそ」ぼそりと、八浪が熱に浮かされた声で呟く。「本当に、男とするのはじめてなんだ……。はは、なんか、ウケる」
「口も尻も処女だよ、もうちょっと気を遣えよ」
「それは無理」よくなかったのか、八浪はすぐに俺の口からバカでかい性器を引き抜いて、俺を押し倒した。
「いつも気持ちが先走っちゃうんだ。はやくしたい、大好き、もっとって。コントロールできなくなる」
「だからこんな、相手のことを慮らないやりかたなの?」
「そう。だからみんな、お友達にしかなってくれない」
 八浪が、俺のトランクスの表面を撫でた。散々いじられたせいで内側はひどく汚れていて、ウエスト部分に手をひっかけてずり降ろされると、ぬるぬると体液が腿に足首についた。一休みして半勃ちになったちんこの表面はまだたっぷり濡れそぼっていて、八浪はローターで俺の先走りを救ってから、窄まりの縁に指を添えた。
「かわいそう」
 俺がそう言ったのと、ローターが内部に挿入されたのは、同時だった。スイッチが入れられて、異物が腹の内部で振動する。
「う、……ッ、」
「そうだよかわいそうだよ。だから今も、はやく陸に慰めてほしくてたまんない」
 泣きそうだよ、と訴えた声が本当に涙声だったので、俺は気持ち悪いだけで全然よくない下腹の刺激を堪えて、八浪にキスをした。
「俺が女の子じゃなくて、悪かったな」
「……なんで陸が謝るの」
「女の子だったら、もうちょっとマシにフェラできてただろうから」
「それは確かに」
「おい、フォローしろよ。日本人だろ」
  ぬちぬちと入口で往復されるうちに、腹の底が段々とむず痒くなってくる。径は0に等しくまだ一度も開かれていない最奥のはずなのに、俺はそこに滾々と眠り続ける何かがあることを知っていて、お粗末なピンクローターでは目覚めのきっかけにならないことを残念に思った。
 隙間からねじ込むように、八浪が人さし指を挿入する。ひっかかる爪の感触、に、恐怖の裏側にある興奮を意識した。
「あっ……八浪……!」
「怖い? お尻いじられんの、はじめて?」
「ん……、」
 こくこくと頷いたら、八浪は大袈裟に喜んで俺の首や肩を噛んだ。キスじゃなけりゃいいってもんじゃねぇんだぞ、と叱れば、途端にしょんぼりと悲しそうな顔をする。
「……ッ、う、あ」
「陸、苦しそう」
 苦しくしている側であるという自覚を全く伴っていない声音で、八浪は俺を労わる。
「本当に処女なんだ」
「座薬ともそんなにしたことない」
 指が2本に増やされて、さすがにきつくて喘ぎと呻きの中間のような声が出た。俺のもっと大きいから、これぐらい入んなきゃ最後までできないよと八浪は笑う。
 内側の襞をなぞっていた人さし指と中指が器用に動いて、腹側の粘膜にローターを擦りつける。第二関節まで埋めた辺りでくっと指を折り曲げられると、神経が密集しているある一ヶ所を当てられた。
「うぁっ!」
 ローターで探り当てられたところを起点として、腹の奥底、背骨の髄まで、一気に舐められて撫でられてよしよしされたかのような強い衝撃に身もだえした。
「あっ、……、! ~~~ッ♡」
「……変な子」うわずった八浪の声が聞こえる。
「こんな、震えるだけの、単三電池で動く安っちいおもちゃでグズグズになって、誰にも……女の子にも見せないだらしない顔見せて、陸って変な子、情けない」
「うあ、ぁ、や、!」
「やだなんて、傷付くなぁ。自分が言われたことは人に言っちゃダメって、先生に教わらなかった?」
 足の先がぴんと伸ばされるのに、受け入れた内部はどこまでも弛緩してローターと八浪の指を本物のちんこだと思ってしゃぶる。くちくちと軽くゆすられただけでも、まなうらで光がはじけた。
 回路の流れを急速に変えられるような、強制的な性感の目覚めは驚くほどの興奮材料で、俺はここがホテルだということもあり躊躇いなく喘ぎまくった。前立腺の潜む、ぽっこりとふくれて盛り上がったところのぐるりをなぞられても反応したし、一点にぎゅうと押し付けられると涙と唾液と先走りがとめどなく溢れた。俺は本当に男としたことはないし、ひとりでするときもわざわざ触る趣味もなかったのに。おもちゃと八浪の指で丁寧に効率よく鞣されて、まるで自分も、女の子と同じ役割の器官を備えていると錯覚させられそうになる。
「ね。もういれていい? 我慢できない」
「う……」
 八浪が俺の中からローターを引っ張り出して、床に投げた。カーペットすらも敷かれていないタイル材の床の上を、ローターが回転しながら滑っていく。ああ、後でスイッチを入れてみても、多分動かないんだろうな。組み立てしてくれた工場の人がいるだろうに、ごめんなさい。でもそもそも、年単位で使うことを想定したつくりではないんだろうな。
「りく」俺に弟がいたら、こんな風に呼ばれるんだろう。そう思わせる声音だった。
「脚、開いて。今どうなってるかみせて」
「……欲張り」
 自分で膝の裏に手を差し込んで見せつける体勢を取れば、淵に先端が宛がわれた。バカ安いホテルにある備え付けの歯ブラシみたいな、でかくて固くてこっちのことなんかまるで考えていないそこそこえぐい八浪のちんこが、俺の体内に押し込められる。
「あ、やなみ、ッ……」
 内臓を突き破られそうな恐怖が、八浪のちんこが硬いまんまで入ってきてくれたゾクゾクにくるまれて、怖いのかいいのかあやふやになる。
「あ、やだ、やなみ、あっ、あ♡」
「陸、くっつこ? 手伸ばせる?」
「ん、あ、あっ!」
 両手を背中に導かれる。言われてないのに、俺は両足も八浪の腰に回してしがみついた。八浪が俺の内腿を撫でて笑う。
 ぎりぎりまで引き抜いてから一気に奥まで貫かれて、大きく背中がしなる。びくびく跳ねる俺を、八浪は体重を掛けて押さえつけてくる。強く深い交接にやらしい音を立てながら、お互いの骨の位置さえ明らかにする動きで八浪は腰を動かす。
「ん、うぅ、ゔッ~~ッ、!♡」
「あーあ、陸のちんちんべそかいてる」
 八浪は俺にしがみつかれたままの体勢で視線を下に降ろし、ふたつの腹に挟まれた俺の情けないちんこを覗き見た。ずりずりと、八浪が身体を前後にゆっくり動かして、臍と腹筋で俺のちんこをさする。
「う、あぁ……ッ♡ あ、ぁ……!」
「きもちい?」
 挿入を目的とするのではなく腹に組み敷いた性器の愛撫を目的として動かれるので、押し引きの速度は極端に遅く、ゆっくりと八浪の性器が引き抜かれると内臓ごとめくられるかのような空寒い快楽が弾けた。
「あ、ぁ~~ッ♡、あ、うぁッ! だめもう、やなみ」
「いく? いいよ、いって」
「ん、あ、いく、いく、いっちゃう……っ♡」
 ちんこも後ろも平等に昂らされて、全身の毛穴からぶわりと汗が噴く。
 瞬間、高い所から落ちる時と同じ浮遊感と快感がしぶいて、俺はあられもなく叫びながらいった。達する瞬間後ろを強く締めた刺激で、八浪も俺の中に精液を放つ。中出しって男同士なら大丈夫なの? つか、思いっきり生でしてるけど大丈夫なのかな。一瞬怖くなったけれど、八浪に膝の裏を持ち上げられ、注がれた精液を奥まで呑まされると、ありえないくらい興奮したから、怖さなんてすぐに消えてしまった。
「りく、」八浪が俺の傍に倒れ込んで、寝たばこをはじめた。行儀の悪いやつめ。
「どいだった?」
「……ちんちん気持ちいい……俺またひとつおりこうになった」
 散々喘いだので、声がカラカラに掠れていた。不服を訴えると八浪は飲みさしのビールをまた口移しでくれた。胃に落ちていくアルコールと麦芽の風味が倦怠感と混ざって眠気を呼んでくる。八浪も、煙草を一本吸った後カブトムシの幼虫みたいに丸まってしまった。
「八浪、ねむい? もう寝る?」
「ん……」
「モーニング無料らしいから、起きたら一緒食べような」
 髪の毛を梳くと八浪はくすぐったそうに身を捩った。汗で湿ったシーツに沈む身体を抱きしめて、程なくして聞こえはじめた寝息にそっと耳をそばだてる。
 喋る人がいなくなると、急に部屋が静かに思えた。さっきまで俺の喘ぎ声と八浪の吐息でいっぱいだったのに。
 とろとろと頭の奥がまどろんでくる。顎の下の髪の毛に顔を埋めると、お揃いのシャンプーの香りの奥で、八浪の皮膚の匂いがした。
 明日の約束を取り付けたけれど、八浪は聞いていただろうか。もし聞こえていなくても、きっと起きたら俺と八浪は朝食を食べて、池袋の街で一日スポッチャかなんかして遊ぶだろう。
 大学でできたはじめてのおともだち。
「八浪って、さびしいこ。かわいそう」
 パーマの当てられた髪をいじる。俺は自分が眠りに落ちるまで、ひつじを数えるみたいにかわいそう、を繰り返した。

​                                                      終

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