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 やたら、目が合うなと思った。
 とどのつまり、4月の飲み会なんて大体が新入生の歓迎にかこつけて飲みたいヤリたいだけなので、飲みたいヤリたい俺はあっちにふらふら、こっちにフラフラ、誘われるがまま毎日のように何かしらの歓迎会に顔を出していた。
 実際、初対面の相手と割り切った関係を築くなんてコスパの良いことがそうそう起きるわけじゃない。今日はジャブ。軽く、軽く。お互い顔を覚えて、2、3言交わして、連絡先控えて—―それが、数ヵ月後には立派な芽になっているから。今日くっついたカップルが別れて、寂しさに耐えられなくなった子が溢れかえる6月まで、じっと機会を伺うのだ。
 過度な期待はしない。今日何かが起きるわけじゃない。これは、未来への投資だ。
 言い聞かせる必要が無いくらい体に染み付いた持論を、先程から、口の中で唱え続けている。
「どこ住んでんの?」
「豊洲」
「うわ、金持ち」
 そいつには、ハジメマシテにはありえない奇妙な確信があった。冗談に眦を細める仕草とか、やけに瞳をしっかり見つめて返事をするところとか。
「彼女は?」
「いないよ」
 少し際どい質問にも、照れを浮かべらながら答えてくれるところとか。それだけじゃない、もっと本能の、感覚的なところで奇妙な確信があった。
  あ、やれるな、という直感を、女の子ではなく野郎に抱いた。
 そいつはヤナミと名乗った。「ハチロウと書いて八浪です。二浪しました」というネタで、まあまあウケていた。新入生はタダで飲めると聞いたから、という理由で、今日の集まりに参加したらしい。人が思わず甘やかしてやりたくなるような素直さと愛嬌と、それに似合わない彫りの深い顔立ちをしていた。
「初体験いつ?」
「高一。先輩は?」
「まだ童貞」
「んー、ダウト!」
  俺が八浪浩介という人間についてデータベースを蓄積している一方で、当の本人は俺のクソくだらない冗談に氷がたっぷり入ったハイボールのグラスをガラガラ鳴らしてはしゃいでいる。無邪気さと無防備さが絶妙な配分で混ぜられていて、魅力的だけど、その反面不安になる盛り上がり方だ。
「八浪はどんな子がタイプ?」
「うーん……清楚なふりしているけど、エロいことにも興味あるてきな」
「やだこの子ったら大人しそうに見えて大胆ねぇ!」
「あはは!」
 八浪の持っていたグラスが、派手な音を立ててテーブルに戻される。
 鎖骨が、綺麗に見える服を着ていた。居酒屋の橙色をした照明が、八浪の喉仏や首筋に柔らかな影を作っていて、ああ触りたいなとアルコールよりも女の子よりも深い欲求の温度で思った。
「……もうすぐ2時間経つよ」わざと顔を寄せて、囁くように呟いた。くすぐったかったのか、八浪は笑いながら自分の耳元を掻く。
「本当? 小峰先輩と話してると、あっという間だな」
 確信はどんどん強まる。男なのに? 俺よりもでかいのに? でもやらせてくれない女と今すぐにやらせてくれる男、天秤にかけたら、どっちに傾くんだろう。
「2人だけで二次会しない?」
 八浪に対する興味よりも、自身の経験に裏打ちされた勘が正しいかどうかを確かめたくて、結局、俺は八浪をホテルに誘った。
「うん」
 とても素直に、八浪は応じた。腕の代わりに瞳を、また、しっかりと絡めたままで。

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