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 昼は大学の短期バイト、夜は姫氏原と『生霊 祓う』で検索してヒットした方法を片っ端から試す生活は、いつしか詠にとって当たり前の日常となっていった。
 姫氏原はきまぐれで、詠にひっついていたかと思えば急に消えたり、かと思えば夜中に突然現れたりした。アイツなりに何か調べていたりするのだろうか。行き先を問うようなことはしなかったが、姫氏原がいない一人きりの部屋で過ごす夜はなんだかやけに静かで、詠は少しだけつまらなかった。

『男の子と男の子がえっちしてる』
その日風呂から上がると、姫氏原は漫画を読んでいた。これもすっかり見慣れた光景だ。
「それ後半がマジで泣けるからな」
『いやいや流石に号泣はないでしょー』
と詠の言葉を流した姫氏原は、やがて読み進めるにつれうるうると目を瞬かせ、ずべずべ鼻を啜っていた。毎回思うけれど、おばけなのに涙が出たり鼻水が出たりするのが不思議でならない。
『めっちゃ良かった……特にラストシーンとか切ないけど救いがあってまじ泣けた……』
「お前すっかりくつろいでんな」
『だってネカフェみたいなんだもん、ここ。王道少年漫画からアングラ系からBLまで全巻揃ってるし。次これ読んでいい?』
「人の家をネカフェ扱いすんな。好きにしろ」
答えて、テーブルに置いていた漫画を手に取る。詠が今ハマっている異能力バトル漫画の最新刊だ。ぺりぺりと透明な保護ビニールを破り、掌から閃光弾を出している主人公をかっけぇなぁ……としばらく眺めてふと思いついた。
「な、姫氏原。お前さ、幽霊っぽいことできんの?」
『おばけっぽいこと?』
「その……超常現象起こしたりとかさ、超能力使ったり」
『それおばけっぽいっていう?』
 軽く呆れながらも、姫氏原は読んでいた漫画を置き、身を起こしてあぐらをかいた。読み途中のページを開いたままうつ伏せにせず、きちんとしおりを挟む辺りはいいやつだ。
『んん~~…………えいっ!』
 姫氏原が短く叫ぶと、テレビがぱちんと点いた。
「え、すげぇ!」
『あ、ダメ、あん、イく、イッちゃう……』
 詠が短く叫ぶと同時に、大音量でAVが流れる。
「あ、昨日見てそのままにしてた」
『……逆戻しもできるっぽい』
「すげぇ!」
 顔を赤らめた姫氏原が俯きながら呟くと、テレビはまたひとりでに動いた。音量が絞られた後、プツンと電源が切れる。
「すごい、すげぇな! まじで漫画じゃん!」
 姫氏原にこんな能力があるなんて知らなかった。まるで映画のワンシーンを見ているようだ。
『そんなすごいかな?』
「すげぇよ! もっと他のこともチャレンジしてみようぜ!」
 珍しく興奮した詠に気を良くしたのか、姫氏原は立ち上がり『よーし』と両頬を叩いて気合を入れた。
「コップは⁉」
『動かせる!』
 姫氏原が人差し指をかざすと、ヒュンッとコップが宙に浮いた。
「すげぇ! 本は⁉︎」
『五冊くらい余裕だよ!』
 本棚にしまっていた漫画がページを躍らせながら飛び出し、コップを取り囲む。溜まった洗濯物がはためき、無くしたと思っていたゲーム機のタッチペンがベッド脇から転げてきた。
「なんでもできんじゃん! すげぇな姫氏原!」
『俺将来マジシャンできるかな?』
「なれるなれる、絶対いける」
返答に益々調子づいた姫氏原は、突然中腰になり何かを溜め込むように両手をかざした。
 —このポーズは、まさか。
『……破ァーーッ‼』
 姫氏原が叫んだ瞬間、不思議な光が部屋中に溢れ、詠は見えない衝撃にぶっ飛ばされた。
「ぎゃっ!」
『えっ出た……えっ先輩⁉』
 倒れた詠を見て、大慌てで姫氏原が近寄ってくる。眩い光の残滓で視界がチカチカした。揺れる頭を抑えつつ、どうにか体を起こす。
『えっと、ごめん、先輩、まじで出るとは思わなくて……』
「…………い」
『え?』
「すっげぇ! 羨ましい! どうやったらできんの?」
 目を輝かせる詠に姫氏原は一瞬ぽかんとした後、弾けたように笑った。
「何笑ってんだよ」
『だって先輩、怪我のこと全然気にしないんだもん。やば、ウケる……』
「必殺技より優先されることなんかそうそう無いだろ。なぁ俺も弾出したい。どうやったんだよ、教えろよー」
『わかんないって。ただこう。力を溜めるイメージでやってみたらいけた』
 試しに詠も手をかざしてみるが、いくら集中しても何も出やしない。
『やっぱり生霊ならではの能力なのかな』
「ちくしょー……なぁ、名前つけようぜ。必殺技」
『ええ? 俺ネーミングセンスないんだけどなぁ』
 ノートを開き、「シャイニングスプラッシュ」とか「閃光破斬滅弾」とか必殺技の名前候補を書き出していると、ふとスマートフォンが震えた。

 

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