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「常に創英角ポップ体で喋る人だよ」
 荻原いわく、生徒会長はそんな人間らしい。
 放課から既に2時間ほど経っていた。図書館の外から望める初夏。初夏の夕焼けの下で部活動に励む野球部。部活動に励む野球部の横で花に水をやる園芸部。夏至を目前に迎えた今の時期、直人の目に映る空や人や町並みは、皆明度が高く溌剌として見えた。
 図書委員会の仕事は当番制だ。毎月一週間だけ、放課後の図書館で受付業務を担う決まりとなっている。いつだって図書館に引きこもっている荻原と時折雑談を交わしながらうだうだと作業をこなして、うだうだと帰る日々も、気付けば7日目にきていた。
「今度、打ち合わせがあるんだよ」
 唐突に振られた話題に言葉を返す。狭いカウンターに隣り合って座っているせいで、いつもより荻原との距離が近かった。
「委員会の?」
 すっと鼻筋が通った横顔を眺めて直人がそう返すと、荻原はこちらに向き直り軽く微笑む。
「そう。生徒総会前の打ち合わせ」
「面倒くさそう」
 大げさに眉間にしわを寄せれば、荻原は笑みを深くする。「意外と楽しいものだよ」と呟く姿を見て、嗚呼やっぱり根は真面目なんだなぁとぼんやり頭の隅で思った。
「生徒会長がさ、面白い人なんだ」
 言いながら、荻原は鞄から薄い資料を取り出し、直人に手渡す。小学校で先生が手作りしてそうな虹色のグラデーションと創英角ポップ体で創られた表題が目に飛び込んできた。【目次】のすぐ傍にはいらすとやのフリー素材が挿入されている。
「めちゃくちゃ愉快な人だっていうのは分かった」
「喋り方もそんななんだよ。あいつ、常に創英角ポップ体で喋るんだ」
 あいつ、と軽い響きが、すっと心の内側に入り込んでくる。それだけで荻原が生徒会長と親しい間柄であることが分かった。荻原の中では、「あいつ」と呼べる存在と「なおちゃん」と呼ばれる自分と、一体どちらの方が比率が高いのだろう。
「委員長は、教科書体って感じがする」
 荻原はまた笑った。自分といる時の荻原は、大体いつも笑っている。
「明朝体じゃなくて?」
「明朝体ほど一般的じゃないでしょ、あんた」
「なおちゃんはゴシック体あたりかな。尖ってるし」
「仲良くすんな、」
 はき捨てながら資料を数ページ捲ると、はずみで小さな紙がこぼれ出た。資料の隙間に挟まっていたのだろう、しおりほどの大きさの紙が不思議な速度で地面に沈んでいく。
「ありゃ」上品な顔に似合わない声を出しながら、荻原は床に落ちた紙を拾い上げる。
「それ、どしたの」
「創英角ポップ体からのプレゼント」
 目の前にかざされたそれは、近所の美術館のチケットだった。学生用割引券とつづられたのが2枚。
「なおちゃんのこと、のろけたんだよね。あいつおせっかいだからくれた」
 行こうよ、と誘われて、半ば無意識に頷く。
「美術館に男二人とか、ホモみたい」
「間違ってないでしょう」
「俺は違うもん」
 少しのとげを以って返事をすることが、果して照れ隠しなのか奇妙な嫉妬なのか自分でもわからなかった。ただ、舞いながら沈んだチケットの残像が、直人の中で何度もリフレインしている。

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